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いへいたのラーメンブログ

けっこう更新してます。

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 とあるところで発見しました。私の大好きな沖縄の記事です。
《 はじめに 》

この日、私は生まれて初めて沖縄の地を踏みました。
小さい頃から1度は来たいと思っていた念願の場所です。
沖縄は4日間という短いあいだに、私に様々な影響を与えました。
今回の旅行で受けた感動・衝撃を、書きとめておきたいと思います。

《 第1日目 》

空港の外に出たとき、私は思わず「暑い!!」という言葉を発しました。
空気が明らかに神奈川とは違います。
おじさんのアロハシャツ、立ちならぶやしの木、
沖縄ナンバーの車、11月だというのにゆらめく陽炎・・・。
目に映る全てのものが新鮮に見えたひとときでした。

昼食後、私たちが向かったのは首里城です。
朱色の大きな門は、以前、韓国で見た李王朝時代の宮殿を思い出させました。
日本とは違う文化を持つ、"琉球"という国が確かに存在していた証です。
昔、あの場所で琉球王は豪華な金のイスに座って、何を考えていたのでしょう。
そんなことを思いめぐらせた首里城でした。

移動のバスの中で、海を見ました。曇り空だったにもかかわらず、
それはとてもキレイで、私が今までに見てきたどんな海とも違った青さでした。
そんな美ら海の目の前に建つのが、
かりゆしビーチリゾートホテル恩納です。
白い外観のホテルはとてもキレイで内装もリゾートっぽいステキなものでした。
食事もおいしく、部屋もキレイで満足した私は、
「今日は寝ない!」と宣言したにもかかわらず、すぐに沈没してしまいました。

《 第2日目 》

私が選んだのは"エコネット美ら(ちゅら)"です。

途中までバスに揺られ、
ハザマ林道というところからは軽トラックで移動となります。
とても暑くて、汗がふき出していました。
誰もが照りつける太陽に閉口していましたが、
ひとたびトラックが走り出すと、大きな歓声があがりました。
その気持ち良さは言葉にできません。
汗がどんどん引いていくのがわかります。
さながら、「世界ウルルン滞在記」のようでした。
でこぼこの山道をガタガタと揺れながらトラックは進みます。
私は荷台に立ったまま、何枚も写真を撮りました。

トラックが止まったところからは林道を歩いて行きます。
まさに亜熱帯という感じで、見たこともない植物がたくさん生えていました。
15分ほど歩いて、浜辺にある「じんぶん学校-ヌーファの里-」に着きました。
電気は通っていないけれど、木で作られた小屋が並ぶそこは小さな村のようです。
オリエンテーションのあと、各々滝を見に行ったり、浜辺へ直行したり、
木に登り出したりと、自分の好きなことを始めました。

ここでは細かいスケジュールは何も決まっていません。
自分がやりたいことを自由にできるのです。

私はシュノーケリングに挑戦することにしました。
ライフジャケットとシュノーケルをつけ、沖縄の海を初体験です。
潜ってみるとそこにはテレビで見るのと同じような青い世界が広がっていました。
見渡す限り透明で、サンゴやなまこ、海ヘビ、
色とりどりの魚たちが次々と視界に飛び込んできます。
あんなに透き通った海を見たのは生まれて初めてでした。
陽の光が射し込む水中で、私は感動しっぱなしでした。
始めた頃、怖くて潜れずにいたことも忘れて、沖縄の海を堪能しました。

お昼はおばぁが作ってくれた沖縄料理でした。
炊き込みごはんのおにぎり、豆腐のスープ、パパイヤのみそあえ。
どれもとてもおいしかったのですが、私は特にパパイヤのみそあえが気に入って、
そればかり食べていました。おばぁのごはんは最高です!!


午後はアダン細工をしました。
アダンとは、沖縄に生えている木のことです。
それを糸のように細く切ったもので貝がらをつなぎ、アクセサリーを作ります。
1度始めると、誰もが真剣な顔で、手を止めることができません。
時間も少なく、私が作れたのはペンダント一つだけでした。

はじめのうち、私は『美ら』にしたことを後悔していました。
「沖縄に来たのにどうしてマリンスポーツにしなかったのか」と。
でも、初めてのシュノーケリング、おばぁのごはん、
アダン細工、のんびりした時間、優しくて面白いスタッフの人たち・・・。
来て良かったと思えることばかりでした。
今では『美ら』にして本当に良かったと思っています。
私は出発ギリギリまで浜辺に残り、写真を撮り続けました。
ここでの体験も忘れられない思い出のひとつです。


その日の夜-私たちは沖縄戦の体験者である、
安里要江さんのお話を聞きました。
安里さんのお話にどんどん引き込まれ、
眠いなどとは言っていられなくなったのです。
それほど彼女の語る沖縄戦は恐ろしく、残酷でした。
安里さんの言葉が、それを容易に想像させました。
あちこちを逃げまわり、一人一人いなくなっていく家族たち。
そんな状況で、安里さんはどんな気持ちだったのでしょうか。
悲しい・つらい・怖い、そんな言葉では言い表せないはずです。
私が泣いたのは、和子ちゃんが亡くなったときのお話です。
幼い子供が自分の腕の中で死んでいく、そんな恐ろしいことはありません。
きっと、安里さんは「自分が和子ちゃんを死なせてしまった」と思っているのかも知れません。
だから、亡くなった娘に"ちゃん"付けしていたように思えてなりません。

私は、安里さんに花を渡しました。
そのとき、安里さんは泣いていました。
涙をこぼしながら、私たちに何度も何度も「ありがとう」と言ってくれました。
そんな彼女を見ていたら、私の目にも涙が出てきていました。
握手をしたときの手のぬくもり、
そしてその手が伝える戦争の恐ろしさを、私は忘れないでしょう。

《 第3日目 》

私たちは、まず、県立平和祈念資料館へ行きました。
そこには戦場に残された日用品、生々しい写真やジオラマが
数多く展示されていて、思わず身ぶるいしました。
戦火に焼かれ、ただれた薬ビンやカバン、服などの物言わぬ証言者たち。
それらから、当時の恐ろしさを想像するのは容易なことでした。
生々しい写真が展示されているところでは、
私はそれから目をそらして、一緒に見ていた友達に
「私、こういうのダメ。見られない。」と言いました。
そのときの、いつもおっとりしている彼女の、
「うん。でも、こういうのだから私は見るよ。」
というセリフが未だに耳からはなれません。

空はまぶしいほどの快晴でした。

昼食を取ったあと、私たちはひめゆりの塔へ向かいました。
4日間で、私に一番大きな打撃を与えたのはここだと思います。
ぽっかりと口を開けている壕と、その前の慰霊の塔。
手をあわせずにはいられませんでした。
ひめゆり平和祈念資料館の中は、たくさんの、
本当にたくさんのひめゆり学徒隊としてこの世を去った
少女たちの写真が展示されていました。
ひとりひとりの名前、勤務先、そして亡くなったときの状況などが
こと細かに記されていました。
中にはまだ13歳の少女もいて、のどの奥がしめつけられるようでした。
生き残った生徒たちの証言を読み、
写真の中の哀しい瞳を見ているうちに、
とても怖くなって、居たたまれなくなり、
思わず友達のところにかけつけてしまいました。

最後に私たちが行ったのは糸数壕でした。
ひめゆりの塔で見た少女たちの写真が脳裏から離れず、
私は壕に入るのが怖くて仕方ありませんでした。
ガイドさんの後について、懐中電灯のわずかな明かりを頼りに、
すべる壕の中を進みます。
あちこちから悲鳴が上がります。
私は、当時、満足に明かりも無い状態で、
どうしてあんなに真っ暗なところを行き来できたのか、
それが不思議で仕方ありませんでした。
全員が一か所に集まると、ガイドさんの指示で懐中電灯を消しました。
「暗闇体験」です。
私はとにかく怖くて友達の手を強くにぎりしめたまま動けませんでした。
まだ水のわき出ている井戸、使われた跡があるカマド、
熱風で天井にはりついたビン・・・どれもが怖く感じられたけれど、
今回は、私はそれらから目をそらしませんでした。

怖かったけれど、
私の人生観を大きく変える大きな物に出会えた一日でした。

《 第4日目 》

最終日は、班ごとに自由行動です。国際通りでその時間を過ごしました。
お土産屋さんを片っ端から見てまわり、
気がつくとビニール袋をぶら下げている、というありさまでした。
なんだか怪しげなお店に入ってみたり、
『こんなの相模原にもあるじゃん!!』的な雑貨屋さんをのぞいたり、
仲良しの子との買い物はとても楽しいです。
「あぁ、さっきの店より安い・・・」
「やっぱり戻る!」
そんな失敗も気になりません。

お昼は地元のおばちゃんオススメの小料理屋で。
私は節約のために豆腐チャンプルーでしたが、とても美味しかったですよ。
お店の店員さんもとても優しくて、私は大好きな韓国を思い出しました。
関西弁のお兄ちゃん手作りのストラップは、
お気に入りのお土産のうちの一つです。
6時間があっという間に過ぎた、楽しいひとときでした。


《 沖縄への想い 》

沖縄は不思議なところです。
恐ろしい戦争の爪跡がいたる所に残り、訪れる人の心に影を落とすけれど、
沖縄の人々はみんなそれをはね返す明るさと優しさに満ちています。
そんな陰と陽を合わせ持つ沖縄が、
人々の心をとらえてはなさない理由がよくわかりました。
また行きたいと本当に思っています。
これからも、何千何万という人々が、沖縄を訪れることでしょう。
でもこれだけは忘れてはいけないと思います。
あの美しい海で、自分の足元で、
かつて誰かが命を落としたということを。
沖縄の海の青さには、平和を願う多くの人々の
魂が宿っているように思えてなりません。
今回の旅行で、私はかけがえのない大きな宝物を手にしました。

沖縄、最高です!!
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